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コンサーバトリー 観賞用植物温室

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2008年9月3日(水)
コンサーバトリー 観賞用植物温室 
Conservatory
セントキルダ ボタニカル ガーデン植物園
St Kilda Botanical Garden
セントキルダ St Kilda
メルボルン Melbourne
この場所の地図Google Map


今朝は、素晴らしい快晴のメルボルンでした。しかし気温は、思ったほど上がらず14度ほどで風も強く桜も散ってしまいそうでした。

昨年の今日2007年9月3日(ビッグストアー プラーン

 コンサーバトリー 植物温室は、植物園の中にある施設の名前です。メルボルンではフィッツロイ公園とセントキルダ植物園が有名です。

フィッツロイガーデンコンサーバトリー

コンサーバトリーは、イタリア語の保存する場所という意味です。
英国では植物を英国やヨーロッパ各地から観賞用や学術用に採集することが1600年代から始まっています。当時は石造りの倉庫に採集してきた植物を保存していました。英国の気候は、ヨーロッパに比べて寒いので保温が必要でした。1700年代の大航海時代になると王族や貴族の依頼により探検家がアフリカや南アメリカ、アジア、オーストラリアから植物の茎(Seed)や種を集めてきました。
英国最初のコンサーバトリーは、オックスフォード植物園と云われています。

オックスフォード植物園(公式Web)

 バッキンガム宮殿のコンサーバトリーは、メルボルンが成立する10年前の1825年に完成しています。1836年にキュウ植物園に移動になってきます。
キュウ植物園 
これは19世紀のグラスハウス建築としては最古の建築物で、現存しています。
The Nash Concervatory
これらのコンサーバトリーは、ロンドンの上流社会の絶好の社交の場となり、パーティーやお茶会が催されて、多くの文芸作品にもその名をとどめています。1800年代の後半には、グラスハウス建築は更に盛んになります。1845年以降には、グラスハウスは無税になったことがあります。また構造に使われている鋼材の材質が技術革新によって各段に良くなり、価格も安くなったことがあります。このこと英国では1856年にHenry Bessemerが発明した革新的な転炉法によりいわゆる鋼が安く大量に生産できるようになりました。メルボルンもその影響で大量の鋼材を輸入しています。

 デボンシャー侯爵の庭園が1836年に建設されました。これは当時の世界最大のグラスハウス建設と云われています。温風を送るために8台のボイラーが設置され、総延長13kmにも及ぶパイプを通して温風が供給されました。ビクトリア女王が視察に来られた際には、12000個のライトが焚かれました。ビクトリア女王は、日記に『想像を絶したすばらしさ』と記入しています。
残念ながら、第一次世界大戦時に不要な施設として廃棄されました。
1851年のロンドン万博では、クリスタル宮殿(Crystal Palace)がたいへんな人気を呼びました。クリスタル宮殿は、19エーカー(1エーカーは、4000平米)つまり8万平米のひろさを持つ当時の世界最大の建築物でした。使用したガラスは、30万枚に及びます。

 22週間で600万人の観客を集めています。建築したジョセフパックストン(Sir Joseph Paxton)は、ビクトリア女王よりナイトの称号を叙勲しています。

英国が植物園を経営するのは、国家の歴史につながる一大行事です。メルボルンの植物園やメルボルンそのものもその植物の歴史の一端に属しています。

セントキルダ植物園の花嫁

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