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メルボルン歴史散歩 No1 フリンダース船長

2009年1月3日

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メルボルンを歩いてみると、古い建物やモニュメントががたくさん残る落ち着いた素晴らしい街であることが判る。
どういう云われがあるのか、どういう歴史があるのか。。少しだけ知識があると、その街の理解もまったく違ったものになる。
少しだけ理解が深まると、メルボルンの本当の姿が見えてくるに違いない。

メルボルン歴史散歩は、歴史的な背景を説明して、みなさんのメルボルンの街歩きの手助けになるようなコラムとしたい。

出来るだけ正確を期したいと思うが、間違ったことがあればご容赦いただきたい。
日本語表記の場合は、英語とは違う表現を取ることがある。
ご意見があれば、メールを頂きたい。

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オーストラリアにイギリスからの植民が始まったのは、1788年のことである。
アーサーフィリップ(Arthur Phillip 初代NSW総督)船長のシリウス号を旗艦として11隻の船が、シドニーへ到着したのは、同年1月26日である。
この日を記念して、オーストラリアデーは、1月26日となっている。

メルボルンの街は、1835年に定住が開始され、都市の建設が始まっている。
その前の40年ほどは、探検の時代がある。
まずメルボルン歴史散歩の初回は、探検の時代から話を始めたい。

メルボルン湾は、正確にはポートフィリップ湾(Port Phillip)と云う。以下メルボルン湾とする。
このフィリップ湾を最初に発見したのは、『レディ ネルソン(Lady Nelson)』号のジョン マレー(John Murray)船長である。
1802年2月15日に湾に入っている。

レディネルソン号のレプリカ。 タスマニア ホバートのエリザベス通り桟橋に係留してある。
タスマニアのロンセストンやホバートは、メルボルンの母体といえる場所である。
ぜひ、機会を見つけて訪問するとメルボルンに対する理解も更に深まるでしょう。

メルボルン、ビクトリアは、シドニーに本拠地を置くニューサウスウェールズ(New South Wales以下NSW)植民地の名目上の支配地であった。
ジョンマレーは、NWS植民地総督Philip Gidley Kingの名前を取って最初はPort of Kingと名づけた。
その後、キング総督は、初代NSW総督Arthur Phillipの名前に変更している。(PhilipとPhillipでは綴りが違う。)

ジョンマレーの10週間後に有名なマシューフリンダース(Matthew Flinders)船長が『Investigator』号でメルボルン湾に入ってきている。


スワンストン通り沿いにセントポール大聖堂の敷地内に立つフリンダース船長の銅像。
*歩き方:フリンダース駅のドーム側出口(下記の画像参照)からスワンストン通りを左側へ入ると、右手にある。

実際のところフリンダース船長は、メルボルンやビクトリアにとっては大きな功績を残していない。
しかしオーストラリアに取っては、極めて大きな功績を残している。
@ 盟友の船医ジョージバス(George Bass)と共に、ビクトリアとタスマニアの間にある海峡があり、タスマニアが島であることを発見した。バス海峡と名付けた。
A 初めてオーストラリア大陸を一周し、オーストラリアがアジアから独立した大陸であることを確認した。
B それまでは、新オランダなどと呼ばれていたこの新大陸を、オーストラリア(Australia)又はオーストラリア大陸(Terra Australis)と名付けた。


フリンダース通りとフリンダース駅。 ま正面のトラムが走っている通りがフリンダース通り。 左右の通りは、スワンストン通り。
*歩き方:フリンダース駅には、いくつかの出口がある。 ドーム側出口(スワンストン通り側)とエリザベス通り出口がメインの出口。

メルボルン及びビクトリアには、フリンダース船長に由来する名前がいつくか存在している。
@フリンダース通り Flinders Street
Aフリンダース駅 Flinders Street Station
Bマシューフリンダース女子高校 Matthew Flinders Girls' Secondary College (ジーロン Geelong)

フリンダース船長ゆかりの場所の地図 (Google Map) 航空写真

問題。(回答は、次回。)
1) オーストラリアを始めて発見したヨーロッパ人は誰か?

@イギリスのジェームズ クック船長
Aポルトガルのフェルディナンド マゼラン船長
Bオランダのウィレム ジャンズーン船長

2)それはいつの頃か?
@16世紀 
A17世紀
B18世紀

参考文献
オーストラリア伝記集(Australian Dictionary of Biography) published by the Australian National University
マシューフリンダース船長 (Matthew Flinders)
ジョン マレー船長 (John Murray)船長
アーサーフィリップ船長 (Arthur Phillip 初代NSW総督)
ジョージバス船医 (George Bass)

コラムの管理人 イタさん(Mike Itaya)  powered by

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