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メルボルン歴史散歩 No 19 メルボルン市誕生 Town of Melbourne 1842年

2009年6月8日

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メルボルン歴史散歩の第19回は、メルボルン市誕生 Town of Melbourne 1842年の話だ。

1842年に、メルボルンへの移民は、6,100名に達している。
そのうちの、4,136名は、移民奨励金による。
この年のビクトリア(ポートフィリップ)の人口は、23,799名(男性15,691名、女性8,108名)に達した。
メルボルンは、1842年8月12日にNSW植民地議会の承認(Act 6 Victoria No7)により町(Town of Melbourne) として正式に成立した。

1842年12月13日にメルボルン市誕生セレモニーを行っている。
最初の市長は、ヘンリーコンデル(Henry Condell)で、1842年から1844年まで務めた。
ヘンリーコンデルは、ビールの製造業者であった。
当時のビールは、大半が英国やタスマニアからの輸入品で、ヘンリーのビールは飛ぶように売れて財産を作った。

2代目の市長は、Henry Moor。
1847年6月25日付けの英国ビクトリア女王の書簡により市(City)の承認を受けた。
同時に英国アングリカン教会によって市の承認も得た。


(コリンズ通りとスワンストン通りの交差点より)

1849年8月3日にNSW植民地議会の承認によりメルボルン市(City of Melbourne) が成立。
当初のメルボルン市の管轄区域は、南東は、エルウッド(Elwood)、
東はパント道路(Punt Road)。
北東は、アボッツフォード(Abbotsford)、
北はムーニーポンヅ(Moonee Ponds)。
北西は、フレミントン(Flemington)、
南西は、ポートメルボルン(Port Melbourne)と承認書に記されいる。

1850年代には、コリンウッド(Collingwood)、フィッツロイ、リッチモンドの北部3市が独立。
ほどなくサウスメルボルン、ポートメルボルン、セントキルダなど南部の市も分離独立。

 
(コリンズ通りとスワンストン通りの交差点より)

メルボルンタウンホール Melbourne Town Hall
建築年:1869年−1880年  プリンスアルフレッド時計台(Prince Alfred Clock Tower) 1874年
正面玄関(front portico)1880年代
場所:スワンストン通りSwanston Streetとコリンズ通り Collins Streetの交差点
地図:Googole Map メルボルンタウンホール
設計:ジョセフリード Joseph Reed  (partner Frederick Barnes)
建築時代:ビクトリアン (Victorian)
建築様式:第二帝国様式 Second Empire style  時計台(Neo Classical)
高さ:屋根まで45m 時計台まで50m 階層:6階建て
登録:ビクトリア州遺産 Victorian Heritage Register

 
(スワンストン通りより)

1851年に市庁舎の建設が始まりましたが、同年にゴールドラッシュが始まった。
若い男性の労働者は、ほとんど金鉱山へ行ってしまい、建設は一時中断している。
最初の小規模の市役所は、1854年にこの地に完成しました。

メルボルン市の財政がゴールドラッシュにより潤沢になり、市庁舎の新築が決定され、
1867年11月29日にメルボルンを訪問してた英国のアルフレッド王子(Prince Alfred ビクトリア女王の次男)によって礎石が置かれた。
現在の市庁舎は、最初の市庁舎の跡地に、1870年に完成し、8月9日に盛大なオープニングセレモニーを開催した。
時計台は、アルフレッド王子を記念して命名された。

当時の豪州第二の都市、シドニーの市庁舎は、1880年代の後半に完成している。

正面玄関の建設は、1887年に当時の市長Sir Henry Weedonによって礎石が置かれて始まった。
スワンストン通り北側の拡張ビル(Administrative Annexビル)は、1900年に建築が始まっている。
1925年に火災により中央玄関、やパイプオルガンなどタウンホールの大部分が焼失した。
直ぐに再建が始まり、北側に隣接していたビクトリアコーヒーパレス(現、ビクトリアホテル)の場所まで拡張され、より立派な建物が建てられた。
1928年に完成。
残念なことに、ジョセフリード設計のいくつかの優雅な屋根などの部分は、再建されていない。

 

メルボルンタウンホール(Town Hall)市庁舎
市庁舎の設計は、メルボルンの天才設計家、ジョセフリード(Joseph Reed)。

ジョセフリードの作品
世界遺産ロイヤルエキジビジョンビルディング(Royal Exhibition Building)
州立図書館 State Library of Victoria
セントポール大聖堂 St Paul Cathedral
メルボルン貿易会館 Trade Hall
などメルボルンの政府系主要建築物の多くを手がけている。



アネックス部分は本館に建築スタイルを併せて建設された。
設計は、Grainger Kennedy & Little with JJ Clark。
1910年にオープン。
市議会議事堂を含み、高級木材を多用し、ビクトリアの原生植物をデザインしたプラスター材の装飾などが施されてる。



プリンスアルフレッド時計台(Prince Alfred Clock Tower) 
英国のアルフレッド王子(Prince Alfred)に由来するこの時計台は、1874年8月31日に建設が始まった。
時計の直径は、2.44mです。当時の市長の子息であったVallange Condellの寄贈。
英国のSmith and Sons of London社の製作。
銅製の時計の長針は、1.19mの長さで、重さは、8.85kg。
時計台までの高さは、50m。
1932年の建築。
建築スタイルはアールデコ(Art-Deco)スタイル。
高さは66m。
1932年当時ではメルボルンで最も高いビルディングであった。
建設当初は、メルボルンの建築物は、40.2mの高さ制限があった。
その後、追加建築された中央部のタワーの部分は、25.3m。
建築制限は、人が入居しているフロアという条件があったため、タワーの部分には、部屋などは無い。

***********メルボルンの問題集*********

今回の質問。
1)ビクトリア州とサウスオーストラリア州の時差は?

2)ビクトリア州とウェストオーストラリア州の時差は?

3)ビクトリア州と、NSW州、クインズランド州の時差は?

前回の質問の回答。
1)オーストラリア本土の各州の首都の中で、一番、南にあるのはどこか?Aメルボルン

2)一番、東にあるのはどこか? Bブリスベン

参考文献

メルボルンの歴史 Wikipedia  メルボルンの初期の歴史 HISTORICAL TIMELINE

メルボルン歴史散歩の管理人 イタさん(Mike Itaya)  powered by

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