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マーベラスメルボルン

公園

No13.ガーデンシティ(8月号) 

メルボルン百景トップ

2017年7月8日(土)
No13.ガーデンシティ(8月号)No2
マーベラスメルボルン marvellous Melbourne
メルボルン Melbourne
日豪プレス 

メルボルンはガーデンシティの愛称を持つほどに公園が多い。英国人がオーストラリア東海岸を調査して移民を始めたのも植物の調査と結びついている。

ロイヤル・ボタニカル・ガーデンの管理棟と天文台

撮影データ Canon EOS 5D MarkU絞り優先優先AE 評価測光 絞り 10.0 1/125秒 ISO感度100 露出補正 太陽光 JPG レンズ EF 24-70mm f/2.8L /USM 2009年9月5日 10:57
撮影:板屋雅博

 英国人は、科学の真理探究に非常な努力を傾ける傾向があるが、植物の収集も対象のひとつであった。18世紀後半のクック船長の世界航海の際、植物学者を同行し、シドニーを調査してボタニー(植物学)湾と名付けた。19世紀前半のダーウィンの進化論調査航海でも植物の調査は重要なテーマであった。同じ頃にオランダ人シーボルトが日本で植物を収集調査している。
メルボルン郊外にオランダ人が作ったチューリップ園がある。チューリップはトルコなど中央アジアが原産地である。1630年代にはオランダでチューリップの球根の値段が投機によって異常高騰した後に大暴落するという社会事件が起こり、史上初の経済バブルの崩壊と言われている。ヨーロッパ人の植物好きと投機熱がからんだ社会現象であった。

フィッツロイガーデンのクック船長生家

  メルボルンは、別名をガーデンシティと呼ばれるほど公園が多いが、英国人の植物調査と深い関係がある。公園用地(リザーブ)を設定したのは、チャールズ・ラトローブ初代ビクトリア植民地総督であるが、実際に造園を開始したのは、資金的な余裕ができたゴールドラッシュ後の1850年代後半である。
ドイツ人の植物学者フェルディナンド・ボン・ミューラーがビクトリア植民地政府植物長官に任じられた。ミューラーは多くのオーストラリアの植物の命名をしたことでも知られる。ミューラーが園長を務めたロイヤル・ボタニカル・ガーデンは、植物学的な視点を持って意図的に植物を集めた学術庭園である。広大なボタニカルガーデンには、かつて世界最大規模であった天文台や、中央池などの見所も多い。公園の周囲はザ・タンの愛称を持つジョギングコースである。セントキルダ植物園もミューラーの作品である。
 
世界遺産ロイヤルエキジビジョンビルとカールトンガーデン

  ロイヤル・ボタニカルガーデンを囲むように、1854年に設立されたキングス・ドメイン公園が広がる。キングス・ドメイン公園の中には、シドニーマイヤー音楽堂、ラトローブ総督の小屋、ビクトリア州総督公邸、戦争慰霊廟などがある。
キングスドメインに沿ってシティ側には、アレクサンドラ公園、クイーンビクトリア公園も魅力的な公園でイベント会場としても知られる。
ヤラ川を渡ると全豪オープン会場であるメルボルンパークとメルボルンクリケットグラウンドがあるヤラパークが続く。英国国旗をデザインしたフィッツロイガーデンは、ロイヤル・ボタニカル・ガーデンと並んで、1850年代から学術的な公園として整備されている。植物温室園、ビジターセンター、クック船長の自宅(英国より移築)、英国エルム樹木通り、チューダー期住宅模型公園、噴水と池などの見所がある。

ヤラ川のそばのアレキサンダーガーデン

 シティには世界遺産カールトン・ガーデンとメルボルン博物館、フラッグスタッフ公園がある。シティ南部には毎年、F1グランプリが開催されるアルバートパーク公園がある。大げさに云えばシティの周りを公園をめぐって散歩することが出来る。
 
F1コースとなるアルバートパーク公園

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