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2018年3月 3日(土)
マーベラス・メルボルン 第21回 4月号
パブとホテル
マーベラスメルボルン marvellous Melbourne
メルボルン Melbourne
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日豪プレス 

メルボルンでホテルと云うとパブを指すことが多い。またBYOの制度なども英国の歴史と制度に由来している。

撮影データ Canon EOS 5D MarkU 絞り優先AE 評価測光 絞り2.8 1/50秒 ISO感度 100 露出補正 -1/3 オート PG レンズ EF 24-70mm f/2.8L /USM 撮影:板屋雅博 撮影2018年1月18日



オーストラリアのレストランではワインなど酒のボトルをレストランに持ち込めるBYOという制度がある。ホテルというと宿泊施設ではなくお酒を飲めるパブを指すことが多く、新設パブでさえホテルと云うこともある。これは1800年代の植民時代にテンペランス・ムーブメントと呼ばれる禁酒運動が盛んになり、酒の販売や提供が制限され、一部の飲食店やホテルにライセンス供与が限られたことに起因する。禁酒運動は、19世紀初頭に英国や米国で始まり、ヨーロッパやオーストラリアで流行した。 


 英国の宿屋で酒が提供されるようになったのは、2世紀前後のローマ帝国のブリテン島統治時代に始まる。ブリテン島全体に軍隊移動目的でローマ街道を作り、兵隊が泊る用途で宿場町を作り、兵隊に飲食を提供するために飲食店を兼ねた宿屋を開設した。これが13世紀頃に「イン」や「タヴァン」と呼ばれるようになった。タヴァンはギリシャ語のタベルナ(レストラン)が語源である。
パブ(パブリックハウス)は、19世紀半ばに英国で始まった呼び名で、地方ではスポーツクラブなどを併設したクラブハウスの意味であったが、ロンドンなど都市部では飲食施設を意味し、インは簡易宿泊所を伴った飲食店であった。
オーストラリアのホテルはインとパブを合体したもので、19世紀には宿泊設備を伴ったインであったが、徐々にパブの意味となっている。


  メルボルン最初のホテルは、メルボルンの創設者ジョン・パスコ・フォークナーが建てたシェークスピアホテルだが、現在も初期のホテルがたくさん残存している。
フィッツロイのデボンシャーアームズホテル(34 FITZROY STREET):1843年建築 メルボルン最古の建築物のひとつであるが、現在は皮肉にもセントビンセント病院の中毒患者を収容している。
ヤング&ジャクソンズ (フリンダース駅前)1853年建築 オーストラリアで最も有名なパブ。2階の名画クロエは必見。
ウェリントン公爵ホテル(142 Flinders Street):1850年建築 メルボルンで最も長くライセンスを保持しているパブ。労働者階級のパブであったが、近年は高級パブに改装。
マックスホテル(34 Franklin Streeet):1854年建築 2階に宿泊所を持つ。ゴールドラッシュ期の鉱夫や騎馬警官隊も利用した。当時の姿を最も良く残している。


 
ミトラタバーン(Bank Place) 建築は1850年以前 ライセンス取得しパブになったのは1868年。中世的な外観を持つ。シティビジネス街の真ん中にあり、ビジネスマンが多い。
グレースダーリングホテル(114 Smith Street Collingwood):1854年建築 ブルーストーン石材を使用したクラシカルな外観。ステーキが名物で筆者も良く利用したパブ。


ふたつの帝国  ローマ街道 ローマの道路

パブ 英国の歴史

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