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日曜日の朝のリバーランド River Land

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2007年2月18日(日) (今日の一枚へ戻る

日曜日の朝のリバーランド River Land
プリンセスウォーク倉庫群
Princes Walk Vaults
プリンセスウォーク Prince's Walk
Melway 1B−N10
メルボルン Melbourne

プリンセス橋(Prince's Bridge)のシティ側のたもとに、スロープがあります。プリンセスウォーク(Princes Walk)と言います.
スロープの地下には、昔の倉庫群(Princes Walk Vaults)があります。現在は、このパブ River Landや、ヤラ川のリバークルーズの事務所などが入っています。

 River Land のバーコーナー。
プリンセスウォーク倉庫(Princes Walk Vaults)を利用して作ってあります。この倉庫群は、1889年から1890年にかけてプリンセス橋の建設の際に、Alfred W McKenzieの設計により作られました。ヤラ川側にドアを設けた20室の個別の倉庫から成っており、10本の支柱が間を支えています。表面化粧板は、当時のメルボルンの建設によくみかけるBlue StoneであるHarcoat Granite(花崗岩)です。プリンセス橋は、メルボルンの代表する橋であり、当時の資金を注ぎ込んで華麗な装飾に仕上がっています。倉庫群は、プリンセス橋のデザインと一致させてあり、エンジニアリング上の強固さと共に優雅なデザインを持っています。倉庫群もプリンセス橋のに設置してあるものと同様の鋳鉄(鋳物)製の灯の台(燭台)が設置してあります。


正面は、プリンセス橋です。
現在、フェデレーションスクエアがある場所は、以前は、プリンセス橋駅Princes Bridge Railway Stationがあり、フリンダース駅と並んでメルボルンの主要駅でした。現在は、フリンダース駅に統一されています。またトラムをプリンセス橋の上を通す関係上、この界隈のエンジニアリング上、非常に強固な構造が必要でした。
1891年2月9日に市当局はこの地区を正式にプリンセスウォークと名付けました。この一帯は、Federation Wharfと呼ばれていました。

プリンセス橋

フェデレーションスクエアトップ

1880年頃は、ゴールドラッシュで人口が急増し都市の整備が必要になっていました。メルボルン市は、世界の都市の中でも最も裕福な都市のひとつでした。市当局は、潤沢な資金をベースに、大掛かりな都市建設計画を進めたのです。ヤラ川も上流のモレル橋からメルボルン都市中心部、更にフリップベイ(Phillip Bay)の河口までの補強、改造工事を進めました。豪州には本格的な製鉄所が無かった為に、鉄鋼など基本的な建設資材は、英国から莫大な資金をつぎ込んで輸入したのです。
(建設後から今日までの歴史については、次の機会に。。。)

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