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ロイヤルアーケード

ロイヤルアーケードの歴史

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2012年4月14日(土)
ロイヤルアーケードの歴史
Royal Arcade
バーク通り Bourke Street
メルボルン Melbourne
この場所の地図Google Map

メルボルンは、歴史と文化の都市だが、いくつかのアーケード街も魅力だ。ロイヤルアーケードは、オーストラリアで最も古いアーケード街として、隣のブロックアーケードと並んで街歩きに欠かせない場所。

撮影データ Canon EOS 5DMarkU 絞り優先AE 評価測光 絞りF4.5 1/50秒 ISO感度 400 露出補正 +2/3 オート JPG レンズ EF 24−70mm f/2.8L USM
2012年3月19日板屋雅博 撮影


 メルボルンは、1835年に移民が始まったが、最初は、シドニーの植民地政府の許可を得ない不法移民であった。時の植民地政府のリチャードバーク(Richard Bourke)総督は、監督官としてロンズデール大佐をメルボルンに派遣した。ロンズデール監督官は、不法移民を防ぐために1837年に最初の土地の売り出しを行った。
ロイヤルアーケードが建つ土地は、メルボルンでも最も中心地にあり、最初に販売されたもののひとつ。ジョセフ・ムーア(Joseph Moore)が20ポンドで購入している。ゴールドラッシュの1855年には、この土地は、サイモン・ストートン(Simon Staughton)が650ポンドで購入している。

左は、ロイヤルアーケードを代表するカフェ「ココブラック」が行っている絵画作品の展示会。観客の投票によって優勝が決まる。


  1868年にロイヤルアーケードが建てられることになり、建築コンペが行われることになった。優勝したのは、当時の著名な建築設計者チャールズ・ウェブ。
建築は、1869年6月に始まり、1870年5月に完成。当時のメルボルン市長チャールズ・アメス(Charles Amess)によって落成式典が行われた。
ロイヤルアーケードは、ルネッサンス・リバイバル様式(Renaissance Revival Style)で設計されている。
右側は、ココブラック。

Koko Black 公式Web


 アーケードの特徴ひとつは、南側の壁にある大きな時計とその左右を飾るゴグとマゴグの守護神。1892年に設置して以来、毎時に時刻をロイヤルーアーケード内に知らせている。
1902年に更に多くの店舗を設置するために、エリザベス通り側へアーケードを延伸させることが決定され、アネックスが建設された。ロイヤル・アーケードは、スペンスレイ(Spenseley)家と ストートン( Staughton)家の資産家が所有していたが、1955年に入居する各店舗が参加する組合が作られ、A$541,000で購入している。


 建築後、130年以上が経ち傷みが激しくなったため、2002年に大規模な補修が行われた。特に天井の採光窓などが修理され自然光を取り入れて明るくなっている。
また各店舗の正面も整備されている。
ロイヤルアーケードが建築された当時は、電気がまだ無い時代であった。ロイヤルアーケードの最も大きな特徴は、ガラスが多用され、自然光を大胆に取り入れているところにある。アーケードの入り口、天井、各店舗の入り口などに数多くのガラス窓が使用されていることがわかる。




  


Charles Webbの主な設計作品
Royal Arcade
Windsor Hotel  
Charch of Christ
サウスメルボルン・タウンホール
タスマテラス

Charles Webb(Wiki)
Walking Melbourne

ビクトリア州遺産


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