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クリーブブラザーズの倉庫群

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2012年7月14日(土)
クリーブブラザーズの倉庫群
Cleve Brothers' Warehouses
キング通りとロンズデール通り交差点
Corner at King Steet and Lonsdale St
メルボルン
この場所の地図 Google Map
 
キング通りとロンズデール通りの交差点にメルボルンの初期の頃の倉庫がふたつある。ゴールドラッシュ直後の輸入保税倉庫であり、豊富な金を原資にして大量の物資が英国や欧州からメルボルンに流れ込んでいたことを立証する貴重な遺産である。現在は、コロニアルホテルとして若者の人気を集めている。

撮影データ Canon EOS 5DMarkU プログラムAE 評価測光 絞りF9.0 1/320秒 ISO感度 100 露出補正 太陽光 JPG レンズ EF 24−70mm f/2.8L USM
2011年1月27日 板屋雅博 撮影

  フレデリック・ブライトの倉庫
Frederick Blight & Co Store
過去の名前のひとつ : Lazar Restaurant
現在:コロニアルホテル Colonial Hotel
住所:234-238 King Street
建築年:1858年
建築期:ジョージアン
建築様式:植民地ジョージアン レガシー ルネッサンスリバイバル
建築家: Leonard Terry

Walking Melbourne

Onmydoorstep

コロニアルホテル公式web

 1851年にゴールドラッシュが始まり、メルボルン政府も急速に財政基盤が確立した。それまでは英国などからの輸入品に課す関税が収入のほとんどを占めていたが産出される金への課税が主体になった。1853年にワイン、蒸留酒、タバコ、紅茶、コーヒーを除く160品目への関税が減額された。メルボルンに大量の物資が流入した。
この場所は、商人チャールズ・クリーブランドが1853年に購入。同年8月17日から建築業者Samuel Amessによって建物が建てられたが、現在の建物を建てるために1858年に解体。キング通りに正面ファサードを持つ3階建て、高価なブルーストーン製の店舗兼倉庫は、建築家レオナルド・テリーのデザインで建築された。施主は、クリーブランド兄弟商会。この建物は、1856年から1888年まで、保税倉庫として使われた。その後は、羊毛の輸出倉庫とした活躍。1922年からは、Frederick blight 社によって所有された。


 クリーブランド店は、1885年2月から4月に火事によって損害が発生し、建築家Reed, Henderson and Smartによって増改築が行われた。当時、外壁の上部には荷物の出し入れに使う滑車や器具が設置してあったが、窓に作り変えられた。
このフレデリックブライト社の倉庫は、植民地時代の税制や輸出入の事情を語る保税倉庫として非常に貴重である。ヨーロッパからメルボルン湾を経由して様々な輸入商品がヤラ川に入ってきたことが判る。隣のシーブルックスハウスも同じレオナルドテリーの作品だが、貴重なブルーストーンを使いルネッサンスリバイバル様式を採用している。

 シーブルック・ハウス
Seabrook House
住所:573-577 Lonsdale Street
建築年:1858年
建築期:ジョージアン
建築様式:植民地ジョージアン レガシー
建築家: Leonard Terry

Walking Melbourne

National Trust (B108)

Victorian Heritage Register (H0068)


Onmydoorstep

 ブラウンアレイ Brown Alley
右側は、フレデリック・ブライトの倉庫。左側は、シーブルック・ハウス。薄暗いこの通りは、両側をブルーストーンに囲まれ、今でも1850年代のメルボルンを彷彿させる。
シーブルック・ハウスの土地は、1855年4月にDH CleveがJohn McKenzieから1000ポンドで購入。1858年に建築家のレオナルド・テリーがクリーブ兄弟商会を施主として建築申請。当時のメルボルンとして標準であるイタリアンパラッツオ様式を採用している。大きな窓に特徴がある。高価なブルーストーンを採用することでクリーブ兄弟商会の富を誇示している。

レオナルドテリーの作品

メルボルンクラブ

 クリーブブラザーズの倉庫群からロンズデール通りに沿って西側を見るとエティハッドドームが見える。

キング通り

ロンズデール通り

メルボルンの建築物 1850年ー1859年


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