2018年2月25日(日) ニコラスビル
Nicholas Building
スワンストン通り
Swanston Street メルボルン Melbourne
この場所の地図 Google Map
スワンストン通りの入り口付近に君臨するニコラスビル。設計したハリーノリスは、両大戦期の商業ビル設計の建築家として活躍した。
撮影データ Canon EOS 5D MarkU 絞り優先AE 評価測光AV 1/320 絞り6.3 ISO感度 100 オート 露出補正 JPG
レンズ EF 24-70mm f/2.8L USM 2018年1月16日9:44 板屋雅博撮影
ニコラスビルは、著名な建築家ハリーノリス(Harry Norris)の設計で1925年から1926年の両大戦中間期に建てられた。ニコラスビルディング株式会社(Nicholas
Buildings Pty Ltd)が施主である。ニコラス社がこのビルに入居していたという記録は無いので、投機目的の事務所ビル開発と考えられる。ニコラスビルは、9階建てで132ft(40.3
metre)の高さであるが、これは、メルボルン市当局の規定により1916年から1957年までこの高さに規制されていた。この高さ制限が結果としてメルボルンの統一的な街並みの理由である。当時流行した米国の商業ビルデザインの影響を受けて、ハリーノリスは、ルレッサンスリバイバル調のパラッゾ(
palazzo 大邸宅)様式を採用した。正面ファサードの化粧には、ギリシャリバイバル様式も取り入れている。
スワンストン通りとフリンダースレーン通りのふたつのファサードはピアノ・ノビーレと云われる特徴的な2フロアを配置して、ドーリア式柱列や重蛇腹式屋根裏階を上部に置いた。この二つの階の中間には、巨大なイオニア式柱がファサードの中央部に配置されている。イオニア式柱は、上部ファサードをいくつかのベイ(部分)に分けており、垂直的な構成要素を感じさせる。
ニコラスビルは、地下部分は1階から3階部分は鋼材を使用し、上層階は、強化コンクリートを使用する複合的な構造をしている。
複合構造は、建築予算との兼ね合いから来ている。床面積を最大化することや、適切な低層階の構築、安価な建設方法の検討、上層部の利用方法などであった。
ウンダーリッチ(Wunderlich)社製のブランドGranitexの灰色のフィアンス焼き陶器をメンテナンスを少なくし、長く使える建物外壁材として使用している。地下、1階、2階は、商業用店舗として設計されている。インテリアとしては1階部分のカテドラルアーケードの商店街通路の天井に丸屋根状のライトを配置している。カテドラルアーケードは、スワンストン通りとフリンダースレーン通りから入ることができる。スワンストン通り側のふたつの店舗はクロスの張り替えなどいくつかの改造が加えられているが、建設当時のままの状態である。1939年に1階部分に改装があった。1967年まで1階と地階にはにはコールズが入居していた。
当初、ニコラスビルは、フリンダースレーン通りに関わりが深い服飾業や商業デザイン、医者や医療施術者、建築家などの高級職用途の事務所とされていた。ハリーノリスの建築設計事務所も1955年まではニコラスビルにあった。現在でも同様の業種、特にファッション関係は多いが、スタディオや各種アーチストの展示スペースとして利用されている。
ニコラスビルのインテリアは、1920年代の店舗や事務所のものを残しており、歴史的に重要である。特にニコラスアーケードのドーム形天井の扇形照明であり、メルボルンでは唯一現存するものである。ニコラスビルは、当時の成功したビジネスマン、アルフレッド・ニコラス(
Alfred Nicholas)が所有していた。有名なアスプロ・フォーミュラ(Aspro formula)を開発したニコラス社の経営者であった。
建築年:1925年‐1926年
場所:21−47 Swanston Street
フリンダースレーンの角
設計:ハリーノリス Harry Norris
建築時代:両大戦中間期 Interwar
建築様式:宮殿様式(Palazzo Style)
階層;11階
登録:ビクトリア州遺産 Victorian Heritage Register
Walking Melbourne Walking Melbourne Forum
AD Online 豪州伝記集
ビクトリア州遺産 VHRH2119
アルフレッド・ニコラス
ハリーノリスは、アルフレッド・ニコラスの依頼でバーハム・ビーチス邸(Burnham Beeches、1930-33)を設計している。
132フィートの高さ制限があった1916年から1957年の主要30以上のビルのひとつである。
このページのトップへ
|