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ロスの中心部 

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2008年8月3日(日)
ロスの中心部 
ロス Ross 1号線
ミッドランド Midland
タスマニア Tasmania
この場所の地図 Googole Map

今日のメルボルンは、朝の早い時間帯はきれいに晴れていましたが、10時ころから曇って来て昼過ぎまでは曇っていました。
夕方4時ころからはまた晴れてきました。
気温は15度くらいと少しづつ暖かくなってきました。

昨年の今日2007年8月3日(Wedding Fashon

ローマカトリック教会
Bacon家の旧居、ベーカリーでしたが、1920年に教会に変えられています。いつもは鍵がかけられていますが、内部が見たい場合は、ニュースエージェンシーで鍵が借りられます。

右側 ロス タウンホール(旧刑務所所長公邸)
左側:市議会議事堂
正面のファサードは、共にこの地方特産の砂岩を使っています。

この建物の通りを隔てた右側には、1830年代に建てられてた旧ロス刑務所(現、一般住居)と更に隣には旧警察署があります。
刑務所、警察署、刑務所所長公邸が町の中心部に建っています。
即ちこのロスの町は、刑務所を中心にして建築されたことがわかります。
一番最初にこれらの建物が囚人によって建てられました。更にロス橋などの町の主要インフラが囚人によって建築されていきます。


  Man O's Ross Hotel (1835年建築)
現在もホテルとして宿泊出来ます。
170年以上もの間、ホテル業を続けているのは珍しい例です。

Wiiloam Sadler によって1835年に建築されました。二階のベランダ部分は1900年代の初めに追加されています。

庭には、ロンセストンへのローマ文字で書かれた石材の路程標識(Milestone)が飾ってあります。

35 Church Street, Ross, Tasmania 7209

Phone: 03 6381 5445
Fax: 03 6381 5440

公式Web

 ロス ニュースエージェンシー
ガソリンスタンド
38 Church Street, Ross, Tasmania 7209

囚人による植民は1812年に始まり町の基礎作りは1823年までの11年で固まります。

この地区への最初の移民は、1823年に始まっています。同年に植民地政府より植民の許可で出て、1824年末までに30家族がロスの町に定住しました。

囚人と共に軍隊が駐在したことも初期の町づくりには大きな影響を及ぼしています。
通りの名前には、ナポレオン戦争の激戦地の名前が採用されています。

ロス ビレッジ マーケット

ロスの中心部(2枚目の画像)から西側の丘を上ったところにタスマニアウールセンターの建物があります。現在は、ビジターセンター、博物館になっています。
この地区が羊毛産業の中心地であったことが判ります。

公式Web

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