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カールトンブリューワリービール醸造所

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2009年1月18日(日)
旧カールトンブリューワリービール醸造所
Carlton Brewary
カールトン Carlton
メルボルン Melbourne
この場所の地図 Google Map

オーストラリアンオープンも予選が終わり、明日から本戦がスタートです。今日は素晴らしい天気の中での練習が出来たことでしょう。

昨年の今日 2008年1月18日(フライングハイ

Canon EOS 40D シャッター速度 1/100 秒 絞り F9.0 太陽光 評価測光 ISO感度 100  画質圧縮率 RAW
レンズ:EF24-70mm f/2.8L USM

今日の為替:1豪州$=61.08円

この廃墟となっている建物は、カールトンビール醸造所でした。
最初にこの場所でビールを醸造し始めたのは、1858年のことです。当時の建物を取り壊して1864年に建て替えたのがこの建物です。その後、50年間に渡って工場を増築していきました。現在は、すべて廃墟になっていますが、このBouverie Streetから東側のスワンストン通り。南は、ビクトリア大通りから北はクイーンズベリー通りまでこの一ブロック全体をカールトン醸造所が占めていました。
この場所でのビール醸造は、1987年に中止しました。その後、このブロック全体は、RMIT大学に売却されました。
しかしその後、RMIT大学は、大がかりな再開発計画を何度か提案しています。しかし実際には、また何も開始されておらずまたこの建物も朽ち果てるに任せられています。

 住所:2-76 Bouverie & Swanston Streets
建築:1864年
建築期:ビクトリアン
建築様式:ロマネスク
建築目的:醸造所
VHR File No. 603939
NTAV File No. B1915

Bouverie通りに面している建物は、ビクトリア産の高価なブルーストーンで出来ています。1860年代は、ブルーストーンは、政府の役所、大教会など権力と資金がある組織がブルーストーンを使っています。醸造所もまた資金があった証拠です。


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 右側は、ビクトリア大通り。
正面右側は、シティバス(スイミングプール)です。
メルボルンに移民が始まった1835年からビールの需要はありました。当初は、全てタスマニアのロンセストンから船で運んでいました。1840年頃には、メルボルンの最初の港町であるクイーンワーフ周辺のフリンダースレーンなどにいくつか劣悪なビール工場がありました。メルボルンの最初の市長Henry Condellもビール醸造業者のひとりでした。しかし夏の暑さの中で、ビールの品質は悪く、かなりの改良を重ねました。
そんな中で、英国リバプールからEdward Lathamがやってきてカールトンのこの場所に醸造所を1864年に建設したのが、メルボルンの本格的なビール醸造のスタートでした。

メルボルン大学e-Melbourne

 この建物の左側は、廃墟となっています。
正面の奥の高いビルは、Swanston483 Vivre高層アパートです。
右側は、中堅のIbis Hotel

Ibis hotel

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