2012年1月14日(土)
ビクトリアハーバー Victoria Hourbour
エリザベス桟橋 Elizabeth Pier
ドックランズ Docklands メルボルン
この場所の地図 Google Map
ドックランズの新しい開発地域ビクトリアハーバーを紹介する。
撮影データ Canon EOS 5D MarkU 絞り優先AE 評価測光 絞り8.0 1/200秒 ISO感度
100 露出補正 オート JPG レンズ EF 24-70mm f/2.8L /USM 撮影:板屋雅博 撮影2010年12月
正面は、ボルテ橋 (Bolte Bridge) 建築年;1999年8月16日 建築;Denton Corker
Marshall 全長:490m 最長橋げた:173m 幅:15.35m 車線:合計6車線 構造:片持梁(Cantilever)
ビクトリアハーバーは、ックランズ・スタディアム(エティハッド・スタディアム)の西側の湾全体を指す。既に開発がほぼ終わっている北側のニューキー地区、中央部のセントラルピア桟橋、一番南側のエリザベス桟橋とに分かれる。
エリザベス桟橋側は、この数年で開発、整備が急ピッチで進んでいる。
事務所などのビジネスビル、アパートなどの高層住宅、小売店などの商業ビルなど多種の建築物が計画されている。
開発は、10年ほどのスパンを予定している。
Party Boat Cruises
4 Victoria Harbour
Docklands VIC 3008
Office: Suite 104, Level 1
198 Harbour Esplanade, Docklands VIC 3008
Phone: 03 9629-1488
$89 per person
http://www.partyboatcruises.com.au/
メルボルンの最初の移民者タスマニアのジョンバットマンが現在のサザンクロス駅の南側の丘に移民開始の翌年の1836年に自宅を建設。その丘は、バットマンズヒル(Batman's
Hill)と呼ばれた。ドックランドの辺りは沼地でバットマンズ・ラグーン(Batman's
Lagoon)と呼ばれていtた。メルボルンの一番最初の港は、ヤラ川のエリザベス桟橋。サンドリッジの海岸。タスマニアや欧州からの移民は、海岸に小型手漕ぎボートで荷物を荷揚げしていた。その後、ポートメルボルンに、ステーションピアが建設され、多くの移民や貨物船利用して、豪州最大の桟橋となった。ウィリアムズタウンの桟橋もその頃建設されている。
ポートメルボルンや、ウィリアムズタウンからの貨物や人は、メルボルンのキング通りに建設されていた倉庫まで、再度、列車で運ぶ必要があり、かなり非効率であった。植民地政府は、1877年に英国人技師Sir
John Coodeを招へいし、ヤラ川のバイパスの建設を開始。1870年代には、当時の大型貨物船がヤラ川をさかのぼって、現在のクラウンカジノの前まで上がってきている。
最初の港
エンタープライズ桟橋
二番目の港
サンドリッジの海岸
移民の港
ステーションピア
ウィリアムズタウンの桟橋
クイーンブリッジ橋のところで回頭する貨物船の写真は多く残っている。その頃には、サウスメルボルンが港地区として栄えた。帆船Plolly
Woodsideが置いてある海洋博物館には、Duke and Orrというドック(修理ヤード)の遺構が残っているが、これが当時の唯一のなごり。
海洋博物館(現在は新しくなっている。)
1925年の撮影
右側は、セントラルピア桟橋
左側は、エリザベスピア桟橋
この頃は、実際に港として使用されていた。
小型の23隻の同型船は、オーストラリア海軍の巡洋艦。3席の大型船は、訪問中のアメリカ海軍船。
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