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セントキルダ通り

2006年12月5日(火)へ 18時15分

セントキルダ通りの地図Google Map

セントキルダ通り
(St Kilda Road)
Melbourne
Melway 2F−H8から南へ

ここ数日、昼間は30度を越し出しました。
メルボルンは乾燥していますので、30度くらいでは炎天下に長い時間いない限りは、それほど暑さを感じません。
明日は、さっそくクールチェンジして最高気温は、23度の予報です。


セントキルダ通りセントキルダ通りの自転車通行帯

セントキルダ通りは、シティのスワンストン通りを南へプリンセス橋を渡ったところから
こう呼びます。
プリンセス橋を渡ると右側が芸術地区であるアートセンターです。左側は、キングスドメインを中心として公園地区です。
メルボルンでは同じ道路が場所によって呼び方が変わります。
セントキルダ通りはシティに直接通じる道路としては最も大きな通りです。
古くからある通りで良く整備されており街路樹なども見事です。
自転車用の通行帯も整備されています。ただ自転車は、高速で走る人が多いので、ゆっくり走るには歩道を走った方が良さそうです。


セントキルダ通り
トラムストップ20番
Domain Interchange
セントキルダ通りは、南から南東へ向かうトラムの幹線路線でもあります。下記のトラムが走ります。(路線図 行き先)
トラム3番 (East Malvern)
トラム5番 (Malvern)
トラム6番 (Glen Iris)
トラム8番 (Toorak)
トラム16番 (Kew)
トラム64番 (East Brighton)
トラム67番 (Carnegie)
トラム72番 (Camberwell)
ここでも乗れますが、もちろんフリンダース駅前が起点です。


セントキルダ通りMelbourne Hebrew Congregation
シナゴーグ(Synagogue:ユダヤ教の教会)メルボルンの南東部には多くのユダヤ系移民が住んでいます。メルボルンの最初の植民者であるジョンバットマン(John Batman 参照)は、ユダヤ人のグループとも付き合いがありました。
1835年に殖民が開始されて以降、ユダヤ人は主に軽工業品の貿易に従事していました。1841年9月12日にはメルボルンで最初のユダヤ教の組織が作られました。1847年には、シティのバーク通り(Burke Street)472番地に最初のシナゴーグが建設されました。当時、ヨーロッパからの船は、ヤラ川を遡ってきてエリザベス通り(Elizabeth Street)の側で洋服などの軽工業品を荷おろししていました。ユダヤの商人たちはシナゴーグが近くにあるのは好都合だった訳です。
現在のこのシナゴーグは、英国ロンドンにあるDukes Place Aldgateをモデルとしています。
公式Web

セントキルダ通りセントキルダ郵便局 (St Kilda Post Office)
セントキルダ通りは、もう少し南は行くと、ブライトン通り(Brighton Road)と名前を変えます。更に南へ行くとネピアンハイウェイ(Nepean Hyway)となります。ずっと南のフランクストン(Frankston)、更にはモーニントン(Mornington)へと到達します。

セントキルダビーチは、この交差点から右へ入っていきます。

海辺の地区(Suburb)のセントキルダは、ゴールドラッシュの後、リゾートとしてメルボルンっ子の人気の場所になりました。
このセントキルダ通りは、セントキルダビーチへ向かう通りとして、馬車が通るヨーロッパ風の大通り(Boulevard)として整備されました。

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