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セントピータース教会 St Peter's Eastern Hill

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2012年6月26日(火)
セントピータース教会
St Peter's Eastern Hill
イーストメルボルン East Melbourne
メルボルン Melbourne
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セントピータース教会は、メルボルンの数ある教会の中でも、最も古い建物のひとつ。1848年にNSW植民地のもとで、メルボルンが市として認められた英国ビクトリア女王からの特許状は、この教会の階段の上で読み上げられた。

撮影データ Canon EOS 5DMarkU 絞り優先AE 評価測光 絞りF5.6 1/80秒 ISO感度 100 露出補正 -1/3 オート JPG レンズ EF 24−70mm f/2.8L USM
2012年3月16日板屋雅博 撮影
アルバート通りに面したブルーストーンのファサード
建築家:Terry & Oakden
建築年:1876年

セントピータース教会は、シティ近郊のアングリカン教会(英国国教会)の中では、最も古い。礎石は、初代ビクトリア植民地総督のチャールズ・ラトローブが1846年6月18日に置いたもの。教会として最初の礼拝は、1847年だが、最初のチャペルが完成したのは、1848年。1851年に始まるゴールドラッシュの時代には、たくさんの移民が英国から押し寄せ、400人への洗礼を行い、同程度の結婚式を毎年、行っていた。つまり当時のメルボルンでは最も流行ったアングリカン教会であった。このため、1854年には、収容人員1050人へと拡張されたが、1896年に移設された。1876年に更に拡張建設が行われた。牧師館は、1849年に建設され、学校も作られたが、1884年に隣接するビクトリア植民地議事堂によって買収され、その後、現在の牧師館と学校が建設されている。



左側のタワーは、1848年の完成。
ゴールドラッシュ以前の建物としてはメルボルンの中で、数えるほどしかない。

住所:15 Gisborne Street Melbourne
建築年:1848年
建築期:ジョージアン Georgean
建築家;Charles Liang
様式:ゴシックリバイバル Gothic Revival
タワー前の広場は、議事堂につながっているが、当時は、他に建物はなくオープンスペースであった。


建物の向こう側に見えるのは、セントパトリック大聖堂。メルボルンシティの東側の高台にあたるイースタンヒルには、たくさんの教会がある。議事堂など政府の建物が多く、イーストメルボルンに上流階級が住んだなごりである。



 教会付属学校
多色レンガ製
建築年:1886年
建築家:ウィリアムピット William Pitt

セントピータース教会の地位は、ビクトリア州のアングリカン教区の中では、非常に高く、病院牧師、大学牧師、州議会付き牧師などの任命と派遣を担っている。
メルボルン教区教会学校として1949年4月11日に開校。現在の建物は、


最初の教会付属学校は、Charles Laingの設計により1840年代に建築された。1886年頃に解体され、敷地は、ビクトリア議事堂に吸収された。その後、当時の売れっ子建築家ウィリアムピットの設計で、現在の学校が建設されている。1935年頃の不況により学校は閉鎖。ホールは、劇場やミュージシャンの会場として利用されている。
1854年から1900年まで長い間、務めた牧師ヘンリーハンドフィールドによってセントピータース教会は、コーラスなどの音楽教育で有名になった。オペラ歌手のメルバ(Nellie Melba)も付属学校の生徒としてオルガンを習っている。


公式Web

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