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アルフレッド病院 Alfred Hospital

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2013年5月4日(土)
アルフレッド病院
Alfred Hospital
プラーン Prahran
メルボルン Melbourne
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セントキルダ通りとサウスヤラを結ぶコマーシャルロードを走ると巨大な歩道橋のような建築物の下を潜る。アルフレッド病院のヘリポートである。広大なアルフレッド病院は、フォークナー公園の南側に位置しコマーシャルロード、パントロードに面している。

撮影データ Canon EOS 5D MarkU 絞り優先AE 評価測光 1/640 F7.1 ISO感度 125 太陽光 露出補正 -1/3 JPG レンズ EF 24-70mm f/2.8L USM
2013年1月17日17:30 板屋雅博撮影


メルボルン最初の病院は、1848年に設立されたロイヤル・メルボルン病院だが、1851年のゴールドラッシュによってビクトリアの人口は爆発的に増えて、第二の総合病院の必要性は非常に高くなっていた。アルフレッド病院は、メルボルン病院に続くメルボルン第二の本格的な病院として1871年に設立された。
その名は、ビクトリア女王の第四子のエジンバラ公アルフレッド皇子に由来する。アルフレッド皇子がオーストラリアの2度目の訪問した際に、1868年3月12日にシドニー郊外で暴漢に拳銃で撃たれた。犯人のJames O'Farrellは、4月21日にシドニーのパラマッタ刑務所で絞首刑となった。アルフレッド皇子は命に別条はなかったが、この事件を記念してメルボルンにアルフレッド病院、シドニーにはロイヤルアルフレッド病院が建設された。プラーン市議会が市内のプレストン地区の現在の場所を提供した。

 アルフレッド病院の建設に際して、デザインコンペが行われ、ロイヤルアーケードなどを設計したメルボルンの著名な建築家チャールズ・ウェブが1等となった。
ウェブは、ナイチンゲール式病棟と呼ばれる当時では革新的な最新病院デザインを採用した。フローレンス・ナイチンゲール(1820−1910)は、)は、クリミア戦争での献身的な看護活動で有名になったが、病院建築や看護学校の経営、統計に基づく医療衛生改革で医学に多大な貢献をしている。ナイチンゲール式病棟は、1800年代後半に英国や欧米で多数の病院に採用されたが、チャールズウェブもアルフレッド病院の設計に早くも取り入れている。

 これは巨大な明るいパビリオン式病棟を閉鎖式の通路で結ぶという近代的な病院であった。医者、看護婦、患者を効率的にかつ衛生的に結ぶことが目的であった。この頃はまだ電気がなかったが大きな窓や天井からの光を取り入れたもの。ロイヤルアーケードにも見られるウェブの近代的な設計方式である。また天井を持った閉鎖式の通路を通路を取り入れて感染性の病気にも配慮した。基本的な設計方式は、後のメルボルン病院のロンズデール通りキャンパスにも取り入れられている。

チャールズ・ウェブ

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 設立の経緯からアルフレッド病院はメルボルン病院とは独立して設立され、より衛生健康管理に力をいれる方式を取り入れ、メルボルン病院とはライバルの関係で切磋琢磨し合いメルボルンの先進的な医療で先端を競った。
1865年、シドニーの政治家Henry Parkesは、英国のフローレンス・ナイチンゲールに直接、手紙を書き若い植民地オーストラリアに看護婦を養成するために優秀な看護婦を送るように要請した。ナイチンゲール看護学校でナイチンゲール自身が指導した優秀な看護婦Lucy OsburnやHaldane Turrifなどがシドニーへ1868年3月5日に到着した。Haldane Turrifは、到着の翌週にアルフレッド皇子の暗殺未遂事件が起こり、皇子を看護したふたりの看護婦のひとりとなっている。Haldane Turriffは、アルフレッド病院の最初の看護婦長となりアルフレッド病院に多大な貢献をしている。

豪州伝記集

 アルフレッド病院のプラーンからセントキルダにかけてはクリミア戦争前後の混乱でバルカン半島から避難してきた多くの人々の子孫が住んでいる。クリミア半島の名前の通りやナイチンゲール通りなどがバラクラーバにある。アルフレッド病院がナイチンゲールに関係しているもの歴史的な縁である。
1915年の髄膜炎伝染病の流行や、1918年のスペインインフルエンザの世界的な流行の際には、ビクトリア州を陸軍病院の野外病院テントが走り回ったが、アルフレッド病院がそのセンターとなった。第二次大戦やベトナム戦争の際には、多くのメディカルスタッフを戦地に送っている。

アルフレッド病院公式ウェブ

アルフレッド病院の歴史

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