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ヤラ川@トップ

チャーチ通り橋 Church Street Brigde

メルボルン百景トップ

2007年4月30日(月) 
チャーチ通り橋 Church Street Brigde
ヤラ川 Yarra River
メルボルン Melbourne
この場所の地図 Google Map

今日は早朝から素晴らしく晴れた朝になりました。しかし午後からは、段々と雲が多くなりました。しかし全体としては天気であったと言えるでしょう。お昼頃には、20数度まで上がった模様です。夜になって雨が降り始めました。

昨年の今日 2006年4月30日

 チャーチ橋から西のシティ方面を見る。
正面に見える橋は、鉄道橋です。右側がシティのフリンダース駅へ。左側がサウスヤラ駅です。鉄道橋の先には、パント道路(Punt Road)にかかるホドル橋(Hoddle Bridge)があります。
左側のアレキサンダー通り(Alexandra Avenue)の左側には、名門メルボルン高校(Melbourne High School)があります。
左手奥の森は、王立植物園(Royal Botanical Gardens)です。ここからシティのプリンセス橋(Prince's Bridge)までは直線で約3kmです。きれいなヤラ川河畔を通る素晴らしい散歩コースです。


チャーチ橋から東の上流方面を見る。
正面は、Harring Islandという中ノ島になっています。島は、公園になっていてBBQ設備、散歩コースなどがあります。橋はかかってなく渡し舟で渡ります。Harring Island の右手一帯が、サウスヤラと並ぶ又はそれ以上の富裕階級の住宅街Toorakです。左手一帯は、BurnleyからHawthornがあります。Burnleyのパブリックゴルフコースは、9ホールで、誰でも楽しめるゴルフ場です。
Hawthornは、Swinburne University of Technology やTAFE、高校などがあり学生の街として有名です。
Toorak Village com

Burnley Public Golf Club ($10/9H)

Swinburne University of Technology

AFL Hawthorn Football Club


 橋上から北のリッチモンド(Richmond)方面を見る。

現在のチャーチ通り橋は、二代目です。初代は、1857年に建設されました。もともとは英国軍部によりクリミア戦争(1853年〜56年。ナイチンゲールで有名)で使うために作られた軍事用組み立て式の橋を英国から持ってきて作られたものでした。現在の橋に比べて、1/3の幅しかなく、もちろんトラムが通ることはできない貧弱な橋でした。1900年頃までに建て替えの要望が出始め、1910年頃には危険な状態となり、木製のサポートが付け加えられました。1914年には、リッチモンド側の住人の反対にも関わらず、プラーン(Prahran)市議会が閉鎖を実行してしまいした。

トラム78番、79番が走っています。

チャーチ橋南詰。
左側の通りは、アレキサンドラ通り。
左側は、メルボルンの一番の富裕な街、サウスヤラ(Youth Yarra)の住宅街です。

現在の橋は、リッチモンドのチャーチ通りとサウスヤラのチャペル通りを結んで1924年の7月8日に完成しました。設計は、Harold D. AnnearとThomas Ashworthです。建設費は、84,000ポンド。プラーン市とリッチモンド市が各32.5%、トラム会社が20%、メルボルン市が15%を負担しています。

トラムに沿って左へ行けば、サウスヤラです。

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