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Old Pathology Building 旧病理学部 メルボルン大学

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メルボルン建築史1860‐69

2019年2月24日(日)
Old Pathology Building 旧病理学部
メルボルン大学 Melbourne University
パークビル Parkville
メルボルン Melbourne
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メルボルン大学 旧病理学部建物の中で、最初に1885年に建設された南棟は、解剖学部と病理学部を入居させる為の新しい医学学校として設計された。メルボルン大学は、オーストラリアの最初の医学学校として1862年に設立された。解剖学と病理学の最初の教授は、 H B Allen(Harry Brookes ALLEN)で1882年に任命された。

撮影データ Canon EOS 5D MarkU 絞り優先AE 評価測光 1/400 F5.6 ISO感度 100 オート 露出補正 JPG レンズ EF 24-70mm f/2.8L USM 2019年1月13日17:42 板屋雅博撮影


アレン教授の病理学の標本コレクションは、メルボルン病院にはあまりに膨大であったので、新しい医学学校へギフトとして移転された。設計は、当時のメルボルン最高のジョセフリード設計事務所(Reed, Smart and Tappin)であったが、アレン教授も積極的に関与した。病理学部建物は、ジョセフリード設計事務所(Smart, Tappin and Peebles)によって1990年に拡張された。二階建ての建物は、初期イングランドゴシック様式(early English Gothic)で建設されている。 尖頭アーチ( lancet arch motif.)をモチーフとして建物を強調している。正面の主要ファサードは、ブルーストーン製の大座(plinth)の上に建設されており、控壁で支えられている。色あせた石材製の壁は、窓の開口部の周辺に使用されている滑らかな表面とは対照的に使用されている。屋根の傾斜は厳しく、スレート板で葺いてある。


 北棟と西棟は、レンガを建材として、クリーム色に化粧された上部が角型の窓が特徴的である。南棟は、当初の建設目的である新医学学校の外コンセプトを思い出させる。ゴシック風建築の大寺院などの)明かり層, 高窓( clerestory)があり、広大な病理学部博物館があり、 H B Allenコレクションを1960年代まで収納していた。2階分の天井が高いギャラリーがあったが、2つの階層に作りかえられた。窓、天井、吸排気口などはギャラリー時代のままである。アレン教授の後継者ピーター・マッカラム(Peter MacCallum)は、1930年代に病理学と実験学学会を設立した。その成果として1950年代に新しい研究ラボが作られた。1908年に1階部分が新装され、解剖室、安置所、準備室、解剖学講義大教室などが入居した。仕切り壁などは変更されたが、北棟の当初のレイアウトは、大部分は現存している。

Old Pathology Building
旧病理学部 メルボルン大学
住所:THE UNIVERSITY OF MELBOURNE, PARKVILLE
建築年:1862年
設計:ジョセフリード設計事務所(Reed, Smart and Tappin)
建築様式:初期イングランドゴシック様式(early English Gothic)


Old Pathology Building  wikipedia

 病理学部建物は、豪州で最初の医学学校であり、その発展も含めて意義深い。病気や疫病などに対して厳格な医学訓練を実施した。
アレン教授は、メルボルン病院の病理学者であり、実践病理学を確立し、一般病院で教育を行った現場主義の学者であった。病理学と薬学の研究を実施するウォルター&エライザ研究所(Walter and Eliza Hall Institute)設立を行った。学究的ゴシック様式の選択は、メルボルン大学内の建築物は、連続製が必要とする大学当局の指示に基づいている。1950年代にメルボルン大学の研究部門は、大幅に拡張が行われている。

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