シティ案内

今日の一枚へ

建築物1870-79

 ジョージ・ジョンソン

産業史

ノースメルボルン

メトロポリタン ミート マーケット

メルボルン百景トップ

2015年7月26日(日) 
メトロポリタン ミート マーケット
Metropolitan Meat Market
ノースメルボルン North Melbourne
メルボルン Melbourne
この場所の地図 Google Map
 
ノースメルボルンにあるメトロポリタン ミート マーケットは建築的に非常に美しい建物だが、食肉の歴史や早い時期の冷蔵庫の設置など技術的にも重要な建築物である。電気がない時代に本格的な冷蔵倉庫が稼働していた点や冷えたビールをメルボルン市民が楽しんでいたことも新たに判った。

撮影データ Canon EOS 5D MarkU 絞り優先優先AE 評価測光 絞り 10.0 1/160秒 ISO感度100 露出補正 オート JPG レンズ EF 24-70mm f/2.8L /USM 撮影:板屋雅博 撮影2015年1月24日 17:04



メトロポリタン ミート マーケット
Metropolitan Meat Market
建築年:1879 - 1880
建築用途:商用
建築時期:ビクトリアン
建築様式:マンネリスト
建築家:ジョージ ジョンソン George Johnson.

建築目的が食肉市場であり、中央部には大きな市場用のホールがあり、16mの長さの材木製アーチと周辺構造がホール天井を覆っている。内部には事務所、店舗、銀行、ホテルなどが入居していた。冷蔵設備も1889年から1900年に設置された。1906年〜08年、1918年〜20年にかけて大がかりな改装が行われた。建築家はGibbs & Finlay事務所である。2階建ての着色煉瓦で化粧されたファサードは巨大なコリント様式で装飾されている。

Walking Melbourne

Onmydoorstep   eMelbourne

食肉卸売市場は、元来はエリザベス通りに1857年頃に設置されたビクトリアマーケットの内部にあったが、設備が不十分であり、商人たちから不満の声が多いためにメトロポリタン ミート マーケットが建設された。
クインビクトリアマーケット

メトロポリタンミートマーケットは建築家のジョージ ジョンソンの設計で1880年に建設された。主要施設である中央ホールは、1908年に追加して建設された。外観は2階建ての彩色煉瓦を使ったファサードでブラックウッド通り(Blackwood Street)とコートネイ通り( Courtney Street)に面している。飾り気のない玄武岩の土台の上に建築されており、ファサードはコリント様式でデザインされている。一階部分の窓は上部を支え台付きフードで囲われており、2階部分の窓はキーストーン(くさび状の石)を持った丸いアーチで装飾されている。建築当時のメトロポリタンホテル、商店、中央ホールのエントランス、銀行、事務所などが残っている。

 食肉市場であった中央ホールは32mx82mの巨大なものであった。天井は桁16mの材木が半円筒形に湾曲して作られている。天井アーチは木製で、食肉市場の各店舗の広さに合わせて仕切られていた。床は、玄武岩材質の舗道用敷石が敷き詰められている。中央ホール天井の横架材は鋳物製の装飾腕木で支えられている。各店舗の上部も動物の形状をした鋳物で装飾されている。食肉市場中央ホールの地階には1890年と1908年にかなり広い冷蔵倉庫が設置された。1908年の冷蔵倉庫と貯蔵スペースは、強化煉瓦壁を持ち、コンクリート製と鋼鉄製の柱でコンクリート製スラブの天井でその上部の中央ホールを支えるという大がかりな建築であった。

 メトロポリタンミートマーケットはビクトリアの市場建築物の中では最も建築学的に重要でかつ豪華な建築物である。1880年の建築当時中央ホール天井の16mの骨組み支点間の距離はビクトリアで最大のものであった。1908年の地下倉庫に強化コンクリートが使われたのもビクトリアで早い実例のひとつである。メトロポリタンミートマーケットは、民間のビクトリアン食肉市場会社(Victorian Meat Market Company)が所有し、操業していた点も重要である。VMMCは市当局の施設を外部に出して、ホテル、銀行、店舗などの民間施設を入居させた。メトロポリタンミートマーケットは冷蔵設備を大がかりに導入した点でも重要である。食肉の長期保存の為に冷気を供給する革新的な技術であった。

フッツクレイ(西メルボルン)に総合卸売市場が開設された為に、メトロポリタンミートマーケットは1974年に閉鎖され、建物は1977年にビクトリア州政府が買い取り、1999年にアート&クラフトセンターとして関係の事務所やワークショップが入居している。

 メルボルンの冷蔵技術だが面白い歴史がある。スコットランド生まれのジェームズ・ハリソン(James Harrison)はジーロンで新聞( Geelong Advertiser)を発行してが、機械式の冷蔵装置を発明している。
ハリソンは、ビクトリアアイス会社(Victorian Ice Works.)設立し、1873年にメルボルン博覧会で食肉を数か月間、食べられる状態に保存する冷凍装置の発明で金メダルを獲得している。ハリソンの最初の製氷機は1851年にジーロンのバーウォン川(Barwon Rive)のロッキーポイント(Rocky Point)で開発している。商用機としては1854年に生産され蒸気圧縮冷凍方式で特許を取っている。ハリソンはロンドンへ行って、1856年に英国でも特許を取っている。ハリソンはビールの冷蔵装置も1856年に開発して直ぐに各ビール会社に採用されている。


ハリソンの装置は広く食肉業界で採用され食肉の輸出にも貢献した。メトロポリタンミートマーケットでもハリソンの冷蔵庫が使用されたと考えられる。注目したいのはメルボルンで電気の供給が始まったのは1892年であり、それ以前は都市ガスがエネルギーベンであった。

List of Australian inventions

James Harrison

Museum Victoria


このページのトップへ戻る

inserted by FC2 system